『オタク用語辞典 大限界』は何がよくないのか アークナイツ界隈用語から考える

 発表されるやいなや悪い意味でネットの話題となった『オタク用語辞典 大限界』だが、この度ようやく書籍が発売されたため購入してみた。取り上げられている項目に「アークナイツ」「原神」があったためである。いろいろスマホゲーがある中で、原神は若い女性にも人気が高いしそこはよくわかる。だが、アークナイツをあえてセレクトしてくるのが非常に興味深かったためだ。なお筆者のアークナイツプレイ歴は2年ちょっと。星6はコンプしているが自力で使い方を見出だすことは少なく、危機契約は動画を見て18等級クリアする程度のヌルいドクターである。
 書籍についてのスタンスは昔書いた通りで、
 ・記録として残すのは悪くない
 ・ただこれを三省堂が出す時点で「正しいもの」と誤解されるのは避けたい
 という程度。それを踏まえた上で一読してみたが「これは……」という気分になったので、とりあえずざっと問題点をまとめてみたい。全部にツッコミを入れているときりがないのでまずは概要から。

 

全項目に用例がついている

 オタク用語の使い方はこうですよ、と言いたいのかもしれないが、各項目すべてに用例がついている。その用例がなんというか、とてもつらい感じのオタクを想起させてくれるのだ。
「カジキの毒舌お嬢様言葉で一生罵られたい人生だった」
「サメちゃん好きすぎて、いっそシーボーンになってサメちゃんに始末されたいまである(真顔)」
など。「おk」とか若干古めの表記が存在しているかと思えば「(デジャブ)」とかセルフツッコミを入れるタイプの文言まで幅広くご用意されている。これのせいで78Pから103Pまでの30P弱を読むだけでだいぶ体力が削られる。

用語の説明がない

 そのくせ肝心な用語の説明がない。アークナイツというゲームにおいて「アーツ」「源石」「鉱石病」という単語は非常に重要だと思うのだが、その辺の説明が一切ない。その割にゲーム内に登場する「源石錐」の項目がしれっとあったり、説明に「合成玉(オランダム)」とあるがこれが何なのか説明していなかったりする。この手の「ある言葉の意味を説明するために、説明が必要な語彙を持ってくる」という項目が非常に多い。Wikiだとその単語にリンクを貼っておけば良いのだが、紙の辞書ではそうはいかない。そのため、そうはならないように項目を工夫しなければいけないのだがそれらの工夫がまったくなされていない。言葉の意味は分からなくとも、ページを何度も前後したり、説明が書いてない項目と説明が書いてある項目の差異について編集者が確認することはできたのではないか? 三省堂の編集は一体何の仕事をしていたのか。

ネット用語の抜き書き

 1/3強の用語がアークナイツ攻略 Wiki(通称白Wiki)の俗語集に記載されているものと共通である。全項目152中62。用語集と共通のものが6項目確認された。これについては「このコミュニティに属している人間がこの用語を使う」ということで共通項が多いのも無理はないと思うのだが、この俗語集や用語集に明確な説明があるものを自分の言葉で説明しようとしてわけがわからないことになっていることが多い。あるいは、文字数を短くしようとして説明を省いているか独自解釈しているか、だ。このあたりについては後の「サンプルとしてのツッコミ」にて詳細を記載する。

キャラクターや団体の偏り

 アークナイツには多くのキャラクターや団体が存在しているが、項目として存在しているものが非常に少なくかつ偏っている。シルバーアッシュだけで3つぐらい項目があり、無理おじはあるのにカジミエーシュ絡みの記述が一切ない。アビサルハンターの面々は何らかの形で言及されていたりする上、海とエーギルについてはきっちり項目がある。一方ライン生命についての記述はあるのにキャラクターの項目が一切なかったりという珍しい事例もある。この界隈用語集を作った人はシルバーアッシュとアビサルハンターが好きなんだろうな、というのは伝わってくる。現在公開されていない試し読みの執筆担当から推察するに、同人版の初稿は2022年頃と思われる。それにもかかわらず2023年9月に行われたモンハンコラボから話題になった「ノイヤト」という項目が追記されているのも執筆者のこだわりだろう。

さまざまな部分への配慮のなさ。

 FE用語で"女性にあるまじき"という慣用表現を使ったり、カップリングの項目で受けを女性役と説明したりするという指摘があるオタク用語辞典。アークナイツについても「都合のいい女」という項目があり、グラベルの愛称と記載されている。「役にしか立たない女」という記載も含めて俗語集の再編集感ある項目である。俗語集の方だと途中に「言葉としては負のイメージが付き纏うものだが、実際の所は全くの逆」と書かれており、さらには最後に「この言葉自体はある種ジェンダー問題に触れるセンシティブな言葉なので、扱う際は十分に注意しよう」とまであるのだ。この注意書きとも言える部分をすべて削り落とした意図が知りたいところ。
 そういう意味では「感染者」という項目も読んでいて不快感を覚えた。「作中で差別的な意味合いを持って使われることが多い」とあるにもかかわらず用例が「もういっそ全員で感染者になろうぜ」というのはどういう意図があるのか。アニメだとわかりやすいが子供を助けようと手を差し伸べても「病気が伝染る!」とばかりに払い除けられるのがゲーム内の感染者の扱いである。それを見てなおこのような用例を書いてしまう意図についてはまじめに筆者に問うてみたい。

サンプルとしてのツッコミ

 最後になるが、書見台を買ったということでネットに見開き2Pを掲載した際、多くの反応があったためその部分に関していろいろツッコミを入れてみようと思う。これだけ文章書いたんで「引用の範囲」ということで許されたい。

アップルパイ

1.エクシア(キャラクターの1人)のスキル発動ボイスの1つ 2.エクシア自身。

 俗語集には「★6オペレーター、エクシアのボイスの一つ。転じて彼女の代名詞としてエクシア本人を指す事もある」とある。俗語集はWikiなので「エクシア」にリンクがあり、キャラクターについても把握できる。さらに「エクシアはスキルを発動する際に「アップルパイ!」と発言することがあるが~」とそうなった理由の説明が続いている。だが、用語辞典の記載にはそれはないので理解しづらい。何よりWikiはゲームをプレイしている人が見に来る場所なので「スキルとはなんぞや」という説明は不要なのだ。しかしこの書籍はゲームに詳しい人だけが読者とは限らない。それ故「スキルって何? 発動って何? 何も知らない人がこれ読んでわかると思ったの?」と詰問したくなってしまう。強いて書き換えるなら「武器を使って相手を攻撃している際ときどき『アップルパイ!』と叫ぶので転じてエクシア自身を指すことになった。何がアップルパイなのかは不明」ぐらいでよいのではないだろうか。これがアークナイツの項目2つ目なので、アークナイツ用語を知らない人向けに説明する気がまったくないことが早々にわかる。さらに言うと用例は「公開求人でアップルパイ来た!」なのだが、公開求人は別のページにあるのにそっちを見よという参照の矢印が抜けている。編集者が仕事をしていない。

異格

新たな名前、レアリティ(希少性)、職種職分で実装された既出オペレーター。

 同一職種の異格もある。後「既出」は「すでに出された」「すでに提示された」という意味であり、すでに存在するキャラクターの別バージョンという意味では少し異なるように思う。既出と既存の違いをスルーしている編集者が仕事をしていない。さらに言うと「オペレーター」とはなんぞやという説明が一切ない。白Wikiの俗語集だと「アークナイツ内での既存キャラクターの別バージョンを指す呼称」なので大変シンプルでわかりやすい。

イベリア(ゲーム内の国家)の外に広がる海。海底にはかつて繁栄していたエーギル(エーギルの記事を参照)という都市があり、すべてのエーギル(種族)のルーツとなっている。「海の怪物」と呼ばれる存在が牛耳っており、イベリア関連のイベントでは彼らと戦うことになる。厄介な敵しかいないため、ドクター(プレイヤー)からは毛嫌いされている。2023年9月現在、まだ断片的な情報しか出回っていないため「ヤバい生物がうじゃうじゃいるやべーところ」ぐらいの認識でよし。

 アークナイツ内のエーギルは国家の名前でもあり種族でもあるのだが、海底にあるあれは「エーギルという都市」ではなく「エーギルの都市」である。なお、ドクターについては別に項目があるのにそっちを見よという参照の矢印が抜けている。編集者が仕事をしていない。前段にややこしい説明を書いておいて後段で「これぐらいの認識でよし」と記載があるのだが、それなら最初から説明しないほうがいいのではと無粋なツッコミを入れたくなる。このあたりの書きようもいかにもオタク的なセルフツッコミ文章ではあるのだが。用例は「海のあとに海やって、また海!? 気が狂いそう……新人ドクターさんたちも頑張ってね……」とあるが、おそらく狂人号→潮汐の下復刻→危機契約#9の流れと思われる。2022年11月からアニメ1期が始まっていたこともあり、難易度が高いイベントの時期に新人が入ってくるのでは、ということで話題になっていた。このあたりの説明が入っていないのは厳しい。

エーギル

ゲーム内に登場する先民(エーシェンツ)と呼ばれる種族の1つ。海洋生物がモチーフとなっている。彼らの祖先はイベリア(ゲーム内の国家)の外にある広がる海(海の記事を参照)の底にある都市エーギルで暮らしていたという。2。海底都市エーギル。海の底に存在したが「海の怪物」の脅威にさらされ住民のほとんどは陸に上がった。

 先民(エーシェンツ)という単語が突然出てきて説明がどこにも記載されていない。そしてここにも「海底都市エーギル」という根拠不明の記載がある。ライン生命について別項目で「マッドサイエンティストとも呼べる人物ばかりが残り、一部の研究員の離職を招いている」と断言したりしている点については「そこはあなたの解釈なんですね」で終わるのだが、海底都市エーギルは明らかに読み違えているように思う。なお見てわかる通り先の「海」とこの項目の「エーギル」で循環参照状態になっている。メチャメチャややこしいので俺が編集者なら「この項目全部参照なしで書き直せないなら書くのやめましょう」っていう。

S2

スキル2。星3以上のオペレーターが昇進1になったときに取得する。

「星3以上のオペレーター」とあるが2つ目のスキルは「星4以上のオペレーターが昇進1になったとき」取得できるスキルである。

さいごに

 以上、2Pだけ見てもツッコミどころが満載である。 
 ただ、何度も言うがこれが「大学生が出したアークナイツの俺用語集」であれば俺は多分ここまで意地の悪いツッコミはしていない。「ああ、この筆者からすればこういう解釈なんだね」で終わりである。だがこれは商業出版であり、大学の准教授と三省堂の編集者が目を通し、OKを出したシロモノだ。その結果できあがったのがこれかよ、としか言いようがない。せめてもう少しまじめに仕事してくれんか。2Pの数項目の間だけでも「これ文章を扱う人間の仕事か?」となってしまった。何度も言うが学生に罪はない。これをそのまま世に出してしまった大人の責任である。もうこの本は世に出てしまったので、担当編集者は大人として、若い子の文章をそのままお出しして楽に飯を食おうとしていた生き物である自覚を持って生きてほしい。それがおまえの飯代の一部を担った人間からのお願いだ。