ライターは「公平」でなければいけないのか

 本題にあまり関係ないマクラでゲーキャスのトシさんには申し訳ないが、このツイートを見てとある別のつぶやきを思い出した。半月ほど前、ワーフリがバランス調整をやらかしたときのことである。何気なく「はあ3000石っすか」という気分で反応したツイートをもとに「メギドのときはあんなに騒いだのにサイゲのゲームだと詫び石を喜ぶのか」という人がいたのだ。その発言自体はもうどうでもいいのだが、そこから派生した別の方の反応に思うところがあった。

 公平にやらないと、と仰せなのでちょっと考えてみた。「2周年を目前にして『不具合』を1ヶ月放置し、かつその間に1回シナジーのあるキャラクターのガチャを挟んだゲーム」と「開始から1ヶ月も立たないうちに『バランス調整のため』と直前までピックアップしていたキャラ&それとシナジーのあるキャラを思いっきり下方修正したゲーム」を天秤にかけずに同じ強さで殴るのは果たして公平なのだろうか。個人的には「放置期間の長さ」と「不具合です」を押し通したほうにギルティーの天秤が傾いてしまう。さらに、俺自身がメギドとワーフリどっちに肩入れしているかと言うとメギドの方なので、更に前者に対して「しっかりしろよ!」とケツを叩きたくなるのだ。ワーフリについては開始時にちょっと触ったぐらいで継続プレイをしていないため、どんな下方修正が起こったかを調査して「なるほど」とうなずくことしか出来ない。その状態で『公平にやる』なんてことは無理だ。

さらに言えば、俺に「公平さ」という芸風が求められているかという話もある。ペナントレースの予想をするときに真面目に予想する野球評論家と「今年は阪神が絶対勝ちます」という阪神大好きな芸人がいるとすれば、俺は後者だと思っているし、後者でありたいと思っている。前者ばかりだと面白くないし、後者だけだとそもそも予想の意味がない。その辺りはバランスだ。誰かが前者をやってくれればいいし、誰もやらないのならその時に俺は真面目な予想を考えよう。少なくとも今はそういう「多様性」を与えられる存在でいられればと思う。